大阪高等裁判所 昭和60年(ネ)1267号 判決 1986年1月30日
控訴人
中谷伸行
被控訴人
山下俊男
尾上好申
社団法人大阪府歯科医師会
右代表者
奥野喜一
被控訴人
川本隆司
右被控訴人ら訴訟代理人
藤田整治
管生浩三
葛原忠知
佐野久美子
中村成人
村尾勝利
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする
事実
一 当事者の求めた裁判
1 控訴人
原判決を取り消す
被控訴人らは控訴人に対し各五〇万円及び右各金員に対する本件各訴状送達の日の翌日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。
この判決は仮に執行することができる。
2 被控訴人ら
主文と同旨。
二 当事者双方の主張及び証拠関係は、次のとおり付加、訂正するほか、原判決事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。
1 原判決の付加、訂正
<中略>同一〇行目の次に行を改めて、「(四) 被控訴人山下が控訴人の書面による診断書の交付要求に応じなかつたのは、当時、診断書を交付する場合には、それと引換えに、交付要求者から手数料一〇〇〇円の支払を受けることになつていたところ、控訴人は右要求に際し右手数料の提供をせず、かつ、診断書受領後にその支払をする旨の意思表明をしなかつたこと、従前、同被控訴人は、個人から書面をもつて診断書の交付要求を受けた例が全くなかつたこと等がその理由であり、以上によると、同被控訴人の右診断書不交付には正当事由がある。なお、レントゲンフィルム及び診療録については、これを患者に交付すべき法律上の義務はない。」同一〇行目の次に行を改めて、「(四) 控訴人が求めた右趣旨の文書は、いわゆる診断書の域を超えるものであり、仮にそうでないとしても、右(二)の因果関係のある書面の作成とは、ひつきよう、同被控訴人の関与しない他の歯科医師の治療の適否の判定、現症状が右他の歯科医師の医療過誤に依拠していることの判定及び右各判定に基づいての判断所見を記載した診断書と題する書面の作成を指すが、これは、確たる資料を有しない同被控訴人にとつては事実上不能若しくは極めて困難であつて、通常の診断書と同一に取扱うのは酷であり、したがつて、同被控訴人の右診断書不交付には正当事由がある。また、控訴人の書面による診断書の交付要求も、右口頭による要求の診断書と同一事項を記載した書面を求めているものと解した結果これに応じなかつたものであり、したがつて、この点についても正当事由がある。なお、レントゲンフィルム及び診療録については、これを患者に交付すべき法律上の義務はない。」を付加する。<以下、省略>
理由
一当裁判所も、当審における新たな証拠を加えてさらに審究するも、控訴人の被控訴人らに対する本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却すべきものと判断するが、その理由は、次のとおり付加、訂正等するほか、原判決理由説示と同一であるから、ここにこれを引用する。
原判決七枚目裏一二行目の「の一部」とあるを削除し、同一三行目の「一四日」とあるを「一八日」と改め、同行の「医師」、同八枚目表一行目の「対し」、同三行目の「医師」の各次にいずれも「訴外」を、同五行目の「対し」の次に「同」を各付加し、同一三行目の「られる。」とあるを「られ、これに反する証拠はない。」と、同裏二行目の「ならない」から、同九枚目表一行目の「認め難い。」までを「ならないことは、歯科医師法一九条二項に定められるところである。
そこで、まず、被控訴人山下に関して検討するに、同被控訴人が控訴人に対し、その要求する診断書を交付していないことは、控訴人と同被控訴人との間において争いがない。控訴人は、同被控訴人に対し、当初、口頭で診断書の交付を要求した旨主張し、この主張に副う証拠として、成立に争いのない甲第一ないし第三号証及び控訴人本人尋問の結果とがあるが、それらは、いずれも、同被控訴人本人尋問の結果と対比して信用できないから、右主張を認める証拠とすることができず、かえつて、同被控訴人本人尋問の結果によれば、控訴人から同被控訴人に対し、口頭によつて交付要求をしたのはレントゲンフィルムであつて、診断書ではなかつたことが認められるから、控訴人の右主張は、その余の点について判断するまでもなく失当である。しかして、右甲第一ないし第三号証、控訴人、同被控訴人各本人尋問の結果によれば、控訴人は同被控訴人に対し、昭和五八年七月二一日付け、同月二八日付け及び同年八月六日付け各書面で診断書の交付を要求しているところ、前記のとおり同被控訴人はこれに応じなかつたが、それは、従前、同被控訴人は、個人から書面による診断書の交付要求を受けた事例がなかつたことから、控訴人に対してのみ新たな稀有の方法を講ずることに躊躇を覚え、かつ、その使途等や送付方法につき不分明な点があつたこと、同被控訴人所属の歯科医師会の定めにより、当時、診断書を交付する場合、それと引き換えに、交付要求者から手数料として一〇〇〇円の支払を受けることになつていたが、控訴人は、右書面による要求に際し、事前に、右手数料の支払提供をせず、かつ、診断書受領後その支払をする旨の意思を表明していなかつたこと等が理由であつたことが認められ、これに反する証拠はない。ところで、歯科医師は、手数料等の支払を受けないで、診断書を交付要求者に交付若しくは送付すべき義務を負担するものと解することはできないから、同被控訴人が控訴人に対し、その要求にかかる診断書を交付しなかつたことにつき、同被控訴人には、歯科医師法一九条二項所定の正当事由があるものと認めるのが相当であり、したがつて、同被控訴人に、診断書不交付による不法行為は成立しないものというべきである。
次いで、被控訴人尾上に関して検討するに、控訴人が同被控訴人に対し、口頭で診断書名義の文書の交付を要求したところ、同被控訴人がこれに応じなかつたことは、控訴人と同被控訴人との間において争いがない。同被控訴人本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、控訴人は同被控訴人に対し、右要求の書面につき、レントゲン写真に基づいた、他の歯科医師(訴外藤井歯科医師)の施行による術前、術後の上の中切歯と側切歯の隙間が広くなつたことについての理由の判定及び歯を削られたことにより不快感が存することを認める旨の判定とを主とし他の歯科医師が施行した治療と現症状との間に因果関係が存在することを内容とする事項の記載を要求したこと、そこで、同被控訴人は、他の歯科医師の手術の適否を判定するについては確たる資料がないうえ、通常の診断書は、自己の施行した治療に関しての病名、治療期間、その経過等を記載するのが通例であることから、右判定は、いわゆる専門的鑑定事項にわたり、自己の行つた治療範囲を超える所見を記載した文書の交付を求めるもので、それは、いわゆる診断書とはいい難いものと考え、右要求に応じなかつたものであることが認められ、これに反する証拠はない。右認定の事実によると、控訴人が要求した事項を記載した文書が歯科医師法一九条二項所定の診断書に該当するか否か甚だ疑問であることから、同被控訴人において、控訴人要求の右文書がいわゆる診断書に該当しないものと考えたことは無理からぬことであり、仮に、それが診断書に該当するものであるとしても、右の諸点を顧慮すると、同被控訴人がこれを交付しなかつたことにつき、同被控訴人には、歯科医師法一九条二項所定の正当事由があるものと認めるのが相当である。また、控訴人から同被控訴人に対し、書面で診断書の交付要求があり、同被控訴人がこれに応じなかつたことは、控訴人と同被控訴人との間において争いがなく、同被控訴人本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、同被控訴人は、右書面により要求された診断書も、前記認定の口頭による診断書と同一事項を記載したものを要求しているものと考えた結果、右口頭要求に応じなかつた理由と同一の理由でこれに応じなかつたものであることが認められ、これに反する証拠はない。右認定の事実によると、右診断書を交付しなかつたことにつき、同被控訴人には、歯科医師法一九条二項所定の正当事由があるものと認めるのが相当である。以上によると、同被控訴人に、診断書不交付による不法行為は成立しないものというべきである。」と各改め、同一二行目の「原告は」の次に「訴外」を、同裏一行目の「付」の次に「け」を各付加し、同六行目の「この事実に照らすと、」とあるを「これに反する証拠はなく、右認定の事実によると、」と、同八行目の「とも認められない。」とあるを「ものとはいえない。」と各改め、同行の「原告」の前に「また、」を、同九行目の「他の」の前に「(イ)」を各付加し、「右レント」から、同一一行目の「原告は」までを削除し、「藤井」の前に「(ロ)訴外」を、「藤井、」の次に「同」を各付加し、同一二行目の「ためにも」とあるを「ため、」と、同一三行目の「主張するが、」とあるを「主張するところ、右(イ)については、控訴人が要求するレントゲンフィルム及び診療録が他の歯科医師による治療上不可欠のものであるとは認め難く、右(ロ)については、」と各改め、同一〇枚目表一行目の「照らすと、」の次に「その必要性が存在したものとは認め難く、したがつて、」と付加し、同二行目の「にわかに」とあるを「いずれも」と改め、同九行目の「原告の」の次に「訴外」を付加し、同裏二行目の「診断書を交付せず、」とあるを「診療録を交付しないで、」と、同四行目の「認められるところ、」から、同八行目の「証拠はない。)。」までを「認められ、これに反する証拠はないところ、右認定の事実関係及び前項の説示に照らし、被控訴人川本、同医師会の右レントゲンフィルム及び診療録不交付の指示行為に違法不当の点は存しないものというべきである。なお、本件につき提出された全証拠によるも、同医師会が、被控訴人山下、同尾上及び訴外藤田歯科医師に対し、また、被控訴人川本が、被控訴人医師会及び同尾上に対し、それぞれ、控訴人に診断書を交付しないよう指示した事実は認められない。」と、同一三行目の「認められるが、」とあるを「認められ、これに反する証拠はないところ、」と、同一一枚目表一行目の「点があつたと認めるべき」とあるを「事実の存在を認める」と各改める。
二以上によると、控訴人の本訴請求を棄却した原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないから、民訴法三八四条一項により、本件控訴を棄却することとし、控訴費用の負担につき、同法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官日野原 昌 裁判官坂上 弘 裁判官伊藤俊光)